コラム

腹黒い11人の女

「二人、いつか稲穂が輝く場所で」第八話 脈略のない思い出話【腹黒 Vol.32】

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illustration by 山崎ひかり


書籍化した長編小説「腹黒い11人の女」に掲載できなかった物語をスピンアウト。
渋谷の場末のキャバクラに勤めるちえり。

田守は店に来なくなった。それからしばらく経った頃、田守の上司である男が来店した。
「あいつ、最近、失踪しちゃったんだよ」


⇒第七話を読む




* * *



 私が田守を切った日から数週間後。田守は出勤時間に、販売所にやって来なかった。田守に連絡をしたけれど携帯は鳴るばかりで一向に応答しない。

 業を煮やした田守の上司は、田守の部屋に向かった。室内には、酒の空き瓶が散らかっていて、携帯電話はちゃぶ台に置きっぱなしになっていたそうだ。部屋の隅には小さな箱が転がっていて、その中には指輪が入っていたという。

 押入れのふすまは明らかにこぶしで破ったと思われる跡がいくつもつき、室内には紙くずが散乱していたそうだ。それはある女性タレントの雑誌記事や写真で、その女性タレントは田守が私に似ているとよく言っていた人間だった。

 その切り抜きは、全てびりびりに破られ、中にはライターで焦がされたものもあったそうだ。実家に連絡をしても、田守の居所はわからず、そのまま田守は仕事を首になり、住んでいた部屋も先日実家の人間がやってきて引き払ったそうだ。

 男は、説明を終えた後、こう続けた。

「俺とあいつ、実は小学校の同級生だったんだよ。何年も連絡してなかったけど二年前かな。この辺でばったり会って。で、話聞いたら今仕事がない、っていうから。だから、うちの販売所を紹介したんだ」

 そんな話を聞きたくはなかった。残酷に切った人間の事など忘れてしまいたかった。けれど、男は放心したような顔で話を続けた。

「小学校の頃、あいつ、いじめられてたんだよ。なんていうか、今でもそうだけど、人との距離感を上手く読めない奴だろ、あいつ。そういうの子どもの時ってちょっとしたきっかけで許せなくなるから。ずいぶん酷い事されてたんだ。髪、切られたりとかしてた」

 脈略のない思い出話を、彼は続けた。まるで通夜のようだった。私達は確かに、今、田守を弔っていた。田守は死んだ訳ではないだろう。でも、同時に田守はいつ死んでもおかしくはないだろう。私も、そして、彼もそれを知っていた。

 彼がまた話を続けた。

「俺は別のクラスだったし、全然関わった事がなかったんだ。でも、顔はなんとなく覚えてたから『元気かよ、久しぶりだな』って声かけて。その時、すごいあいつ怯えてたんだ。でも、その後に俺に言ったんだよ。『声をかけてくれて嬉しかった』って。『同じ学校の奴とちゃんと話した事なかったから』って」

 あぁ、と私は息を吐いた。その言葉は余りにも田守らしく、その田守らしさはとても愛らしいものだった。けれど、だからこそ、私は彼をあのように残酷に切ったのだ。田守は、初めて出会ったものを親と信じ込みついていく鴨の子どものような人間だった。

 一人、思考に沈み込んでいた私を、男はちらりと見た。男が持ったままのグラスは空になっていた。お酒、足しますね。私はそう言って彼からグラスを受け取った。氷を放り込み、酒を注いだ。

 男は酒を作る私の手元をうつろに見ていた。そして、彼はこう続けた。

「あいつ、ちえりちゃんの事、こう言ってたよ。『初めて会った時、ちえりちゃんはにこにこ笑って僕の横に嬉しそうに座ってさ。で、一緒に飲めて楽しいね、嬉しいね、って言ってくれたんだよ。僕、女の子に笑いかけられたの初めてだった。あんな風に僕の話を嬉しそうに聞いてくれた女の子はちえりちゃんが初めてだった』って」

 酒を注ぐ手が震えた。ウィスキーが手にかかった。中の氷がかちかちと音を立てた。私は眉を寄せ、唇を噛み締めた。痛い程に噛んだ唇の隙間から、私は声を絞り出した。

「そんな」





つづく




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三谷晶子


東京都出身、文筆業。俳人・三谷昭を祖父に持つ。編集プロダクション勤務を経て女性誌を中心にライターとして活動。その間、鹿児島県沖永良部島に移住、日本各地を巡る、キャバクラに勤める、東京で夜遊び三昧などをしつつ過ごす。2008年、小説『ろくでなし6TEEN』(小学館)で小説家デビュー。美酒と美味を楽しむことに貪欲な神社マニア。
BLOG:三谷晶子の日々軽卒。
TWITTER:akikomitani
COLUMN:腹黒い11人の女

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