コラム

腹黒い11人の女

「二人、いつか稲穂が輝く場所で」第七話 すべた【腹黒 Vol.31】

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illustration by 山崎ひかり


書籍化した長編小説「腹黒い11人の女」に掲載できなかった物語をスピンアウト。
渋谷の場末のキャバクラに勤めるちえり。

求婚した田守にもう店に来ないよう告げるちえり。
状況を少しずつ理解した田守は燃えるような目でちえりを見つめ、唾を飛ばしながら言った。
「このすべたが」


⇒第六話を読む




* * *



 酢豚、かと思った。あれは一見簡単そうに見えるが具材の全てを下揚げしなければならないので、意外と手間隙がかかる。そんな風に考えた後、私はようやく彼が言った言葉が料理名ではない事に気付いた。すべた、だ。要は、あばずれだ。

 あまりに前時代的な言葉だ。私は、その言葉を現実の生活で始めて聞いた。そのせいか脳がどうやら認識してくれなかったようだ。私は、ようやく言葉の意味を理解し、それからまたしばらくして、自分が罵られているという事に気付いた。

「この、すべたが」

 田守が憎々しげにもう一度そう言った。その罵りは私に対してというより、田守が自分自身に言い聞かせている言葉のように思えた。

 言われた事に、怒りは感じなかった。私は何処からどう見てもすべただ。自明の事を言われている私より、愛していた女にそう言う田守の方がずっと辛いだろう。

 田守は店長に金を渡し、すぐさま、店内から出た。店の女は客をドアの外まで送る決まりになっている。ついてこようとする私を、田守は蝿のように手で追いやった。けれど、私はそれでも田守を見送った。

 田守は一度も振り返らなかった。けれど、私は田守の後ろ姿に深く頭を下げ続けた。

 店内に戻ると、テーブルに残った花束は、店内に立ち込めた煙草の煙と効き過ぎている暖房のせいで既に萎れかけていた。花束をどうする、と店長が私に聞いた。私は首を振り、捨てるか誰かにあげるかして欲しいと答えた。

 その日、その席の下にはこぼれた花びらがずっと散らばっていた。花びらはいつしか踏み荒らされ、鼻をかんだティッシュのように単なるごみ屑となった。
 私はそれを見ながら思っていた。私も、田守の花のような美しい気持ちをこのようにごみ屑にした、と。

 それから、田守は店に来なくなった。ひょっとしたらストーカーと化して跡をつけられたり、刺されたりするかもしれない。私はそれから数週間田守を警戒していたが、結局何もなかった。

 私はその事にほっとした。けれど、同時にこうも思った。

 私はいつからここまで男を信じなくなったのだろう。いつの間に、男の誠意や優しさをここまで全く信じなくなったのだろう。

 それから、しばらく経った頃だ。田守の上司である男が店に来た。彼は、何故か私を指名した。私は不可解な気持ちになりながらも、彼の席に行った。

 先日はお世話になりました、何をお飲みになりますか。そんな挨拶を済ませ、私達はしばし押し黙った。私は、彼の言葉を待った。

 彼が口を開き、こう言った。

「ちえりちゃん、あいつと連絡取ってる?」

「いえ、最近は全然です。お店にもいらっしゃいません」

 私は、最低限の事実を口に出した。

「そうか」

彼はそう言った。そうか、ともう一度続けた。そして、それから言うべきじゃないかもしれないけど、と前置きをして言った。

「あいつ、最近、失踪しちゃったんだよ」




つづく




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三谷晶子


東京都出身、文筆業。俳人・三谷昭を祖父に持つ。編集プロダクション勤務を経て女性誌を中心にライターとして活動。その間、鹿児島県沖永良部島に移住、日本各地を巡る、キャバクラに勤める、東京で夜遊び三昧などをしつつ過ごす。2008年、小説『ろくでなし6TEEN』(小学館)で小説家デビュー。美酒と美味を楽しむことに貪欲な神社マニア。
BLOG:三谷晶子の日々軽卒。
TWITTER:akikomitani
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