コラム

腹黒い11人の女

「二人、いつか稲穂が輝く場所で」第六話 謝らないで、いいよ【腹黒 Vol.30】

このエントリーをはてなブックマークに追加

07
illustration by 山崎ひかり


書籍化した長編小説「腹黒い11人の女」に掲載できなかった物語をスピンアウト。
渋谷の場末のキャバクラに勤めるちえり。

ちえりは今まで田守に向けて来た優しくて可愛らしい口調を、全て捨て去って言った。
「無理なの。恋人になんかなれない。お店で会うだけでも、もう無理。だからもう来ないで」


⇒第五話を読む




* * *



 お願いだからわかってくれ。そう祈りながら言った。田守の顔は蒼白になっていた。唇の端から小さな泡が見えた。

「ご、ご、ご、ごめん」

 泡を飛ばしながら田守が言った。謝るのはこっちだ。そう思いながらも私は田守がようやく理解してくれたと思い、胸を撫で下ろした。

 しかし、その安堵は束の間だった。田守は慌てながらもにっこりと微笑んでこう続けた。

「そうかも、僕がちょっと急ぎ過ぎたね。確かに、僕達はずっと一緒にいたけど、まだお互いの事を全然知らないもんね。ごめん、ちえりちゃんもびっくりしちゃうよね。だったら、これからもっとお互いの事を知り合おう。僕、ちえりちゃんの事なら、何でも受け入れるから」

 頭を掻き毟りたくなった。何をどう言っても、けして、田守には私の真意は伝わらないだろう。私ではなく、『ちえり』が田守にとって最愛の女だったのだから。

 『ちえり』は、この世の何処にも存在しない架空の女だ。だが、それを田守は全く理解できないだろう。そんな事は、最愛の女に、ある日いきなり実は私は幽霊だったの、と言われるようなものだ。私だって、そんな事を誰かに言われても信じない。

 もはや、他の術はなかった。私は、田守を完璧に叩きのめすしかなかった。

「違うの。そんなの、もういいの。私はあなたに知られたくないの。受け入れられたくもないの。私はあなたから何も欲しくないの。今までもずっと指名以外の何も欲しくなかったの。全部、成績の為だったの。そして、これからは、あなたといてまで成績上げたくないの」

 ここまでの事を、私は今まで客に言った事はなかった。だが、この時、私はあえて田守にはっきりと言った。田守は既にカードの限度額を超えた借金をしているだろう。このまま引っ張ったら田守の人生はぼろぼろになってしまう。いくら、私でもそれを放っておく事は出来なかった。

 しかし、そんな風に田守を慮る振りをしながらも、私はこうも思っていた。もうこれ以上引っ張れない相手に期待を持たせるのは面倒臭い。ばっさり切った方がずっと楽になる、と。

 田守の顔を、見る事が出来なかった。田守のいる方向から荒い息の音だけが聞こえた。田守のグラスに添えてある手が震えていた。

 謝罪も、田守を傷つけるだけだと知っていた。けれど、私はそれ以外の言葉を見つけられなかった。

「ごめんなさい」

 その言葉にグラスに添えられていた田守の手が動いた。頬を張られるのかと思った。暴力沙汰を起こしたら、大変なのは田守の方だ。どうか堪えてくれ。そう思いながら私は祈るように膝の上で手を硬く握り締めていた。

「謝らないで、いいよ」

 途切れ途切れに、田守がそう言った。その一音一音が胸の中に剣のように刺さった。自分が相手を傷つけた癖に、そんな風に感じるなんて傲慢だ。そう思いながらも、私の胸は誤魔化しようがない程にきしんでいた。

「でも、すみません」

 私は、それでもそう言った。

「謝られると余計惨めになるし」

 田守はそう続けた。指輪と指輪の箱を、乱暴にポケットに突っ込む。そして、そのまま立ち上がろうとした。だが、椅子を引く前に立ち上がったせいで田守はテーブルと椅子の間でバランスを崩し、よろけた。私は、田守の体を支えた。田守の腕を掴んだ私の手に、彼のもう片方の手がかかった。

 強い視線を感じて、私は顔を上げた。田守は、いつも弱気な目をしていた。けれど、今、田守の目は燃えるように光っていた。

 田守が、唾を飛ばしながら言った。

「このすべたが」




つづく




haraguro4c_140

東京ナイロンガールズより、初の書籍化!
小説「腹黒い11人の女」感想文募集


【出版記念イベント:2012年3月30日 東京ナイロンキャバレー関連記事】
キングオブ夜の蝶・ナンバーワン・フロアレディ発表!
フロアレディのサギ写完全検証! 答え合わせレポート
ご来場者246名様! 媚びないキャバクラ速報・写真レポ
イベントへの疑問、質問、お答えします!
イベント概要がよく分かる、Ustream放送アーカイブ。フロアレディ控え室



DSC03497

三谷晶子


東京都出身、文筆業。俳人・三谷昭を祖父に持つ。編集プロダクション勤務を経て女性誌を中心にライターとして活動。その間、鹿児島県沖永良部島に移住、日本各地を巡る、キャバクラに勤める、東京で夜遊び三昧などをしつつ過ごす。2008年、小説『ろくでなし6TEEN』(小学館)で小説家デビュー。美酒と美味を楽しむことに貪欲な神社マニア。
BLOG:三谷晶子の日々軽卒。
TWITTER:akikomitani
COLUMN:腹黒い11人の女

ページトップ

人気ブログランキングへ ブログパーツ