コラム

腹黒い11人の女

「二人、いつか稲穂が輝く場所で」第五話 赤く跡がついた手【腹黒 Vol.29】

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illustration by 山崎ひかり


書籍化した長編小説「腹黒い11人の女」に掲載できなかった物語をスピンアウト。
渋谷の場末のキャバクラに勤めるちえり。

「婚約指輪だよ」
店の中で交わされる適当な甘い言葉を田守はすべて真剣に捉えていた。
ちえりは震える唇から、かろうじて言葉を発した。
「もうお店に来ないでください」


⇒第四話を読む




* * *



 その言葉に、田守は笑顔でこう続けた。

「え、それはもちろん一緒に暮らすんだから、今後はそうなるだろうけど。でも、急がなくていいよ。ちえりちゃんだって、そんな急にはお店を辞められないでしょう?」

 田守はふわりと微笑み、そう答えた。鷹揚な、いかにも幸福そうな笑みだった。私は頭を抱えたいような気持ちになりながら、もう一度こう言った。

「違うんです。もう私は一切、田守さんとお会いしないと言っているんです」

 唇だけではなく、手も震え出していた。けれど、私はそれを必死で堪え、きっぱりと断定的に告げた。

 田守は先程の鷹揚な笑顔のまま、硬直していた。言葉の意味が頭に染み通っていないようだった。私は、もう一度繰り返した。

「店でも、もちろん、他の場所でも、もう田守さんとは一切お会いしません」

 田守はその言葉に慌てて答えた。

「え、どういう意味? あ、もしかして指輪が気に入らなかった?」

 何故、そんな風に思えるのかさっぱりわからず、私は額に手を当てた。指輪は確かに前時代的なデザインで私の趣味ではなかったが、そういう問題ではなかった。けれど、ならば、どういう問題だというのだろう。どうすれば田守は納得してくれるのだろう。答えなどありそうにはない疑問だった。私は、それでも言葉を何とか捜した。

「ごめんなさい。私、田守さんのお気持ちにはお答え出来ないんです。指輪のせいじゃなくて、とにかく出来ないんです」

 田守は目を見開いて、私の顔を見ていた。目の前で手をいきなり叩かれた犬のような表情だった。

 私は自分のドリンクを一気に飲み干した。それでも渇きが収まらず、水割りを作る為の水をグラスに注いで飲み干した。心臓が急に肥大したように、ばくばく鳴っていた。

 ここまで常軌を逸した人間を、どうすれば上手く切る事が出来るのだろう。私は、恐怖の余りに叫びだしたい気持ちを必死で抑えていた。

 田守が、呆然とした調子で呟いた。

「指輪」

 そして、田守は私の手をいきなり掴んだ。

 物凄い力だった。田守は、右手で私の握った左手をこじ開けた。そして、エンゲージリングを私の薬指につけようとした。指輪のたて爪が手の皮膚に引っかかった。私は、痛みを感じて悲鳴をあげた。

「いや!」

 店長がすかさずこちらを見た。私は、田守の手を何とか振り切り、赤く跡がついた手を撫でた。幸い皮膚は切れていなかった。

 店長が、こちらに来ようとしていた。私はそれを目で制した。

 田守は、自分がした事が自分で信じられないようだった。ごめん、ごめん、とおろおろしながら、私の手をさすろうとした。だが、私はその手を反射的に振り払った。

 男の力に自分が到底敵わない事を実感し、私の体は恐怖に震えていた。暴力の記憶は強烈で、田守の体に触れるなど金輪際出来そうになかった。

 息を荒げて手を抑えている私を、横に田守は変わらずおろおろしていた。

「だって」
「田舎に住みたいって」
「だから」
「あれ?」

 うわ言のような言葉が彼の口から時折漏れ出た。私は田守がここまで壊れていた事が恐ろしくてならなかった。出来れば穏便に済ませたかった。けれど、ここまできたらそれはもう無理だった。私は、田守に向き直った。

「私ね。あなたの事を全然好きじゃないの。お客さんだからにこにこしてただけ。よく考えてみて。あなた、私の本名も知らないでしょう。それはそういう関係だからだよ。お店でしか成り立たない関係だからだよ」

 今までの優しい口調、可愛らしい口調を、全て捨てて言った。田守の顔が射抜かれたように固まった。

 私は、田守から目をそらして話を続けた。

「無理なの。恋人になんかなれない。お店で会うだけでも、もう無理。だからもう来ないで」




つづく




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三谷晶子


東京都出身、文筆業。俳人・三谷昭を祖父に持つ。編集プロダクション勤務を経て女性誌を中心にライターとして活動。その間、鹿児島県沖永良部島に移住、日本各地を巡る、キャバクラに勤める、東京で夜遊び三昧などをしつつ過ごす。2008年、小説『ろくでなし6TEEN』(小学館)で小説家デビュー。美酒と美味を楽しむことに貪欲な神社マニア。
BLOG:三谷晶子の日々軽卒。
TWITTER:akikomitani
COLUMN:腹黒い11人の女

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