コラム

腹黒い11人の女

「二人、いつか稲穂が輝く場所で」第四話 夕日が真っ赤に輝く所【腹黒 Vol.28】

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illustration by 山崎ひかり


書籍化した長編小説「腹黒い11人の女」に掲載できなかった物語をスピンアウト。
渋谷の場末のキャバクラに勤めるちえり。

ちえりに入れ込む田守を案じて職場の上司の男が来店した。
「取り返しがつかなくなる前に何とかします。多分、田守さんをすごく傷つけると思うけど」
翌日、ちえりが田守に電話をすると、田守は「渡したいものがあるから、待ってて」と言った。

⇒第三話を読む




* * *



 田守はその日、いつものように、開店とほぼ同時に店に来た。おしぼりを出し、飲み物を出し、席に座って水割りを作り、田守の前に置く。その作業をしながら、私はどう話を切り出そうか思案していた。とりあえず、最初は普通の歓談でもしておこうか。そう逡巡していた私の目の前に、田守が小さな箱と花束を置いた。

「何ですか、これ」

 私は驚いて、田守にそう聞いた。小さな箱は、明らかにアクセサリーが入っているような箱だった。客からプレゼントを貰う事はよくある。だが、今日は別に私の誕生日ではないし、田守に何かをねだった覚えも私にはなかった。

「何ですかって、そりゃあもちろん」

 田守は、はにかみながら、そう言った。私は、その言葉の意味がわからずに聞き返した。

「もちろん?」

 すると、田守は満面の笑みで白い箱を手にした。蓋をぱかりと開けると、そこにはたて爪のデザインの指輪があった。

 私はそれを見て息を呑んだ。田守は誇らしげにこう答えた。

「婚約指輪だよ」

 その瞬間、体が田守のいる場所から逃れたいと言うように一気に引いた。背もたれに背筋をぴったりつけたまま、私は瞬きも出来ずに田守を眺めていた。硬直している私に構わず、田守は話を続けた。

「ちえりちゃんが住みたいって言ってた田舎の家はもう少し待って欲しいんだけど、もうあたりはつけてるんだ。群馬あたりなんかどう? 一応関東だから、都心に出たい時も簡単だよ」

 田守の言葉に私は考えを巡らせた。そう言えば、この前に田守が店に来た時、私はその日に見た旅番組の話をしたような気がする。その話の流れで、菜の花畑や田んぼが近くにあって、静かな古い日本の家に憧れていると言ったのかもしれない。

 そうだ、私はこう言った。近くに小川が流れていて、春は緑が綺麗で、秋は稲穂が黄金色に輝いて、夕日が真っ赤に輝く所。いつかはそんな所に住んでみたい、と。そうしたら、田守はいいなあ、と呟いていた。行きたいなあ、と呟いていた。

 たった、それだけの話だった。私からしてみれば、今から数十年以上経った晩年にそんな暮らしをするのもいいかもしれないという程度の話だ。

 目の前にある小さな箱は、暗い店内で光るように目立っていた。それを眺めながら、私は唇の震えを抑えられずにいた。

 ここに勤めてたくさんの客を見た。だが、私は今初めて、心底客の事を怖いと思っていた。そして、同時に自分にも恐ろしさを感じていた。

 適当な甘い言葉。調子のいい言葉。私は客もそれはあくまでも店の中での話だという事をわかっているものだと思っていた。けれど、田守は全くそれをわからなかった。田守は、全てを真に受けたのだ。

 私は震える唇から、かろうじて言葉を発した。
「もうお店に来ないでください」



つづく




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三谷晶子


東京都出身、文筆業。俳人・三谷昭を祖父に持つ。編集プロダクション勤務を経て女性誌を中心にライターとして活動。その間、鹿児島県沖永良部島に移住、日本各地を巡る、キャバクラに勤める、東京で夜遊び三昧などをしつつ過ごす。2008年、小説『ろくでなし6TEEN』(小学館)で小説家デビュー。美酒と美味を楽しむことに貪欲な神社マニア。
BLOG:三谷晶子の日々軽卒。
TWITTER:akikomitani
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