コラム

腹黒い11人の女

「二人、いつか稲穂が輝く場所で」第二話 嘘でも本当でもない言葉【腹黒 Vol.26】

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illustration by 山崎ひかり


書籍化した長編小説「腹黒い11人の女」に掲載できなかった物語をスピンアウト。
渋谷の場末のキャバクラに勤めるちえり。

キャバクラの女を知らなかった田守は昼間も会いたいと言った。
「私もどうにかしたいけれど、今はどうにも出来ないんです……」
キャバクラ嬢の定石通り、嘘ではないが本当でもない言葉を選んでちえりは話した。
⇒第一話を読む




* * *



 それから田守は週に三日、店に来るようになった。しかも、早い時間から営業終了時間までだ。彼の仕事は、朝が早い筈だ。なのに、そんな時間に店に来るなど無謀である。

「無理しなくていいんですよ、体が心配ですし」

 私は、そう何度も田守に言った。

「全然大丈夫だよ、ちえりちゃんの為なら」

 田守は、そう答えた。そして、会えば会う程に好きになっていく、と言った。

 随分長くキャバクラに勤めていて恥ずかしい話だが、私はここまで客に入れ込まれた事がなかった。何故、私に。そう思うと、嬉しさより気味悪さの方が勝った。

 田守の顔色は、日を追う毎にどんどん悪くなっていった。睡眠時間を削ってここに来ているのだろう。時に、私と話している間、居眠りをしてしまう事すらあった。眠っている客の横にいるだけで時給を貰うのは申し訳ないような気もするが、起こすのも申し訳ない気がして、そんな時、私は困惑するばかりだった。

 何度も、もういい、と言った。けれども、田守は血走った目で、次第に痩せていきながら、その癖に酒のせいで腹だけはどんどん出ていく体で店に来た。

 田守の連日の来店が始まって、数ヶ月した頃だ。数人の客が連れ立って、店に来た。田守がいない日の事だった。

 その席に着き、源氏名を名乗ると、あれ、と一人の男が呟いた。田守の。そう言われ、私は曖昧に頷いた。男には、見覚えがあった。確か田守が初めて店に来た時に、一緒にいた田守の上司だ。

 男は、私に自分の隣に来るように言った。

「田守が指名してる子だよね」

 彼は私にドリンクを勧めた後、そう確認した。私が頷くと、男は「そうか」と頷き、顎を手で撫でた。恰幅のいい男で、人の良さそうな熊のような顔立ちをしていた。私はどう振舞えばいいものか考えながら、沈黙に耐え切れず、言葉を発した。

「いつも田守さんには優しくして頂いてます」

 そう言って男のグラスに酒を足そうとした。しかし、男はそれを制した。私をちらりと見て、気まずそうに俯く。何度か唇を開けては首を捻った。それから、彼は私にこう言った。

「あいつ、最近どうなんだ?」

 私はそれを聞かれて困惑した。週に三日も来て、顔色も悪くて、もういいって言っているのにまだ来て、私の方も困ってます。そんな本音を言う訳にはもちろんいかなかった。私は当たり障りのない言葉を口に出した。

「最近、よく来てくださいますね。でも、ちょっと顔色が悪いみたいで、心配です。無理しないで休んで、とはいつも言っているんですけれど」

 私は小首を傾げ、そう答えた。すると、熊のような男はぱんと手を叩いて言った。

「ごめん。こうやって探り合うのは性に合わない。腹を割って話そう」

 その言葉に、私は意図的に作ったきょとんとした顔で男を見つめた。

「ちえりちゃん、だっけ? あいつがお客だっていうのはわかる。君がお店に勤めている女の子だって事を俺はよくわかっているんだ。それを責める気はないよ」

 その前置きの時点で、既に話の方向が見えた気がした。けれど、私は目をあえてぱちくりとさせ、何もわからないというような顔を装った。

 男が、こう続けた。

「あいつが世間知らず過ぎたんだ。お店の女の子の優しい言葉を真に受けて。適度に遊べる奴じゃなかったんだ。あいつは本当」

 苦渋に満ちた声だった。その声で、話の続きなど、聞かなくても既にわかっていた。男は目の前にあった酒を一気に飲み干して言った。

「端的に言う。あいつ、最近、遅刻と欠勤が多い。このままじゃ解雇するしかないくらいだ。それとこの前、店にクレジットカード会社から電話が来た。電話の相手は鈴木と名乗っていたけど、電話口の様子でわかるだろう。田守はその電話に出て、月末までには、と言っていた」

 そう言った男は、私の顔をじっと見た。私は、思わず目をそらした。何とか、搾り出すように言った。

「それは」

 私の言葉を遮り、男は続けた。

「ちえりちゃんには関係のない事だ。全部あいつの責任だ。それはわかっている。でも、ちえりちゃん、何とか出来ないか。何とかしてやれないか」

 懇願するような口調だった。目が必死だった。もう酒のないグラスを彼は傾け、氷ががらんと鳴った。私はボトルに手を伸ばし、酒を足した。感情を迸らせている客には強い酒を出さない方がいい。私はそう判断をし、酒をあえて薄めに作った。部下の為にこんなにも必死になっている人間の前で、こんな風に冷静な自分はなんて酷い人間なんだろう。一瞬、そう思った。けれど、私はその気持ちに蓋をした。

ゆっくり男の方を向いて、聞いた。

「何とか、というのは、田守さんと本当にお付き合いする、という事でしょうか」


つづく




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三谷晶子


東京都出身、文筆業。俳人・三谷昭を祖父に持つ。編集プロダクション勤務を経て女性誌を中心にライターとして活動。その間、鹿児島県沖永良部島に移住、日本各地を巡る、キャバクラに勤める、東京で夜遊び三昧などをしつつ過ごす。2008年、小説『ろくでなし6TEEN』(小学館)で小説家デビュー。美酒と美味を楽しむことに貪欲な神社マニア。
BLOG:三谷晶子の日々軽卒。
TWITTER:akikomitani
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