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女社長漂流記

煮詰まったらズル休み? 「ありがとう休暇」をいただきます【女社長漂流記 乙 vol.12】

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疲れると変顔してストレス発散しようとするコヤナギユウ。写真は渾身の「ガイコツ」

私でも誰かのためになっているんだと気がついたら
仕事に没頭している頭を心おきなく引っこ抜き、自分を愛しもう



いよいよ師走。
「年末進行」の名のもとに別に「師」の付く職業じゃない私でも走り回っている。
毎日企画を考えたり、文章や絵を描いたり、人様の前のお話させていただくのが私の仕事だ。
好きなことを仕事に出来たんだから忙しいって言うのは本当にありがたいこと。

高卒の私は、社会に出て早16年。
その職歴は「給食のおばさん」に始まって、出版社でアルバイト、イラストレーター、デザイナーと遷移しているが絶え間なく働きつづけている。
好き勝手やってきている私でさえ、働いているいちばんの理由は生活のため、お金のため、と言わざるを得ない。
家賃を払わなくちゃ年越しどころが、この寒空の下では夜さえ明かせないだろう。


「ふつうの仕事」というのは、「我慢するもの」?


自分の目標を掲げてみても、生活費をこさえて生きていかなくちゃいけない。
生きるための手段を選り好みして、デザイナーだイラストレータだと「浮かれた職業」を選択しているに過ぎないとも言える。

「ふつうの仕事」というのは、「我慢するもの」だと教わった。

着たい服は休日に、派手な髪型は学生のときに終えて(学生の時は社会人になってからやれって言うのに酷い矛盾だ)、自分のやりたいこととは切り離して考えるべきものが「仕事」であって、やりたいことでお金を稼ごうというのは仕事に在って仕事に在らず。
人一倍努力して苦労して当たり前だし、「ふつうの仕事」じゃないんだから休みも返上して当然だ、と。

だから、仕事をくれている人に「ありがとう」ということはあっても、誰かに「ありがとう」だなんていわれることはないと思っていた。

「ふつうの仕事」と呼ばれる納得のいかない仕事をしない代わりに、出来ることを一生懸命やる。
休日返上で血眼になって働く私は、「ふつうの仕事」をしない罪滅ぼしなのか。
いくら世間がお休みでも、何もかも忘れて休む、なんてことに後ろめたさを感じる。


労働を提供するということは、誰かの役に立つということ


でもよく考えてみよう。

どんな仕事であれ、お金という対価を得ている以上、誰かに何かしらのサービスを提供している。
誰かの「快適」を手助け出来ているってことだ。
私も、あなたも。

あんまり考えたことなかったけれど、働いている以上、多かれ少なかれ誰かのためになっているんだと気がついたら、なんだか少し救われたような気がした。

仕事に没頭しすぎていると、自分のことだけを考えているような、なんだか後ろめたい気持ちなる。
けれど、そうとは言い切れないのだ。

社会と繋がって、労力を提供するってことが、誰かのためになっているんだなんて、「当たり前」のことだけどうれしくなった。

ボランティアだ、寄付だ、社会貢献活動だ。
そんな大それたことをしなくても、「ふつうの仕事」をしていなくても、生活を営むためであっても、労働していれば誰かの「ありがとう」を生産できているのだな。

そうとわかれば、たまにはそんな働き詰めの自分を愛しむ。
「オツカレ」だけじゃなく「ありがとう」と。
で、没頭してる頭を心置きなく、ズポッと引っこ抜いて、ズル休み……いや「ありがとう休暇」をとるのも良い。

「ありがとう」の言わせ過ぎも、恐縮させちゃうからね。
なーんつってなー、ズポッ。





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コヤナギユウ


イラストレーター・デザイナー・プランナー・エディター。(株)yours-store代表取締役。77年新潟生まれ。路上でイラストポストカードを販売、 口コミで話題になり21歳で画集「and you.」(サンクチュアリ出版)を出版。渡米以後雑誌連載、グッツ展開を経てデザイナーに転身。2007年より法人化。2010年、下北沢にリアル店舗 「yours-store」を構え、同年に12年ぶりの著書を出版。
BLOG:i live you
TWITTER:KoyanagiYu
COLUMN:女社長漂流記 乙

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