コラム

思い立ったら、ラテン日和

ブエノスアイレス到着! そして終わる、ラテン日和 【ラテン日和Vol.18/最終回】

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ブエノスアイレスのシンボルとなっている白い塔、オベリスク。ちなみにこの目抜き通りは「世界一広い通り」らしい。確かに、横断するの大変!

ブエノスアイレス到着!
そして終わる、ラテン日和



南米旅行のゴール、それはアルゼンチンの首都、ブエノスアイレスだった。

ブエノスアイレスって地名、なーんかカッコよくないですか? この響きに昔から憧れていた私は、最後は絶対この街に行こうと決めていた。ブエノスアイレスに滞在したら、ここからいったんコスタリカに戻るのだ。

名前がかっこいいブエノスアイレスは、その名に恥じず素敵な街! またも女子のハート鷲掴み系! カフェがいっぱい! 肉がうまい! スぺイン語がわからん!


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路上のいたるところでもタンゴショーが。おじいちゃんダンサーが格好いいんだ、これが


そう、そこは「南米のパリ」と称される美しい都。街に漂う雰囲気も、南米というよりはかなりヨーロッパ的。行き交う人もほとんど白人系だ。そしてブエノスアイレス名物といえばアルゼンチンタンゴと牛肉ステーキ。街中いたるところで、ピンからキリまであらゆるタンゴショーが毎夜開かれ、牛肉ステーキについては「腹八分目」の日本人の美徳なんてハナから受け付けない巨大さだ(だってスーパーの肉売り場にグラム売りがないんだもの。最低単位が1キロ!)。


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街中はさすがタンゴ一色。でも現地の若い子に「タンゴ踊れるの?」と聞くと、ほとんどが「踊れるわけないじゃん」とシレッと答える。まあ日本人にとっての日本舞踊のように、伝統芸能と化しているわけね……


ヨーロッパ文化の影響が濃いせいか、街はレトロな雰囲気のカフェだらけ。コーヒーを啜りつつ道行く人を観察して、濃厚なジェラート片手に路上のタンゴダンサーを眺め、骨董市を冷やかすうちに日が暮れる。

……ハッキリ言って、めちゃくちゃ楽しいです、ブエノスアイレス。この巨大で美しい街では、やること・見るものがいくらでもある。特に長時間の夜行バス移動や風呂なし極寒ツアーを経てきた身としては、久々の「街で遊ぶ」感覚が新鮮だった。

ちょっと困ったことといえば、ここでは夜のスタートがとても遅いこと。みんな宵っ張りなのだ。なにせ夕食の平均時間が夜10時、8時頃にお腹が減っても、まだ準備中の食堂もある。夜10時から分厚いステーキはちょっとつらいっす、私には……。あとはスペイン語。イタリア移民が多いこの地のスペイン語は、発音も表現もちょっと独特で最初は理解に苦労した。現地で会った日本人留学生の子も、「ここで勉強してると、他の国のスペイン語がわかんないんだよー」と嘆いていたっけ。あぁ、奥が深いねぇ、南米もスペイン語も。

それでもブエノスアイレスがすっかり気に入った私は、1週間ほどズルズルと長居してしまった。


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タンゴ発祥の地、と言われるボカ地区。港近くのこの場所で、船乗りの男と娼婦たちが踊ったのがタンゴの始まりだそうで。今では建物の壁もカラフルに塗られすっかり観光地になっている

そして、旅の最終日。私はブエノスアイレスの空港から、コスタリカ行きの飛行機に乗った。宿で出会った人たちが空港行きのバス停まで見送りに来てくれた。この1ヶ月半、あらゆる場所で毎日のように繰り返した「よい旅を!」のセリフも、これで最後だ。コスタリカに戻って数日過ごしたら、いよいよ日本に帰るのだ。いろんな国で買ったお土産でパンパンになったバックパックは、相変わらずズシリと重い。これを背負うのも最後。

もっともっと旅を続けたい気もするし、帰るべき場所に帰れる安心感もある。旅の終わりは、いつもこんな不思議な気分。

それでも、南米旅行の最後を飾るのがこの美しいブエノスアイレスであることに私は満足していた。本当はもっともっと行きたい場所があったけれど(ブラジルとか!)、それはまた別の日に。こういうお楽しみを残しておくのも、悪くないかもね。

コスタリカに戻ってからは慌ただしかった。なにせギリギリまで旅行に充てていたので、3日後には日本行きの飛行機に乗らなくちゃいけない。何やかやと買い物したり人に会っているうちに、あっという間に最後の日。

ステイ先の家を発つ時は、家のママも、同じステイ先でずっと一緒に生活してきたドイツ人の子も泣いてくれた。もちろん私もウルッときた。最後は涙、涙のハグでお別れ。ひえー、これってまさに「ウルルン」状態? 三十路にしてこんなピュアな体験しちゃっていいのか、私!? ちょっとだけ冷静に突っ込む自分もいたけれど、でも泣けるんだから仕方ない。鼻水ズビズビ吸いながら、「次にコスタリカに来るのはいつだろう、こんな遠い国、もう一生来られないんじゃ……」と考えていたら、そりゃー泣けますよ。

そして空港のロビーで、こんな照れくさい感激に浸れたことに感謝したい気分になった。でも何に感謝すればいいんだろ? コスタリカに? それともこれまで過ごた時間に? 出会った人たちに? 何だかわかんないけど、とにかくありがとう。ってそれこそウルルンだよ! という感激と突っ込みの狭間を行き来するうちに、搭乗時間が近づいてきた……。

そして、そして、

コスタリカと南米での日々を過ぎ、私はまた東京に帰ってきた。

10ヶ月ぶりの日本で、はじめのうちは道端にバナナの皮が落ちていないことやバスの車内で音楽がガンガンに鳴っていないこと、タクシーの運転手が「道わかんないから降りて」とは絶対に言わないこと……などにいちいち感動していたけれど、そんな中南米ボケも2~3週間もすると徐々に抜けて、で、今何をしているかというと。フツーに働いています、再び。

幸いにも以前働いていたwebサイトの編集部に戻れた私は、月曜から金曜までせっせと仕事して……って、あれ? これってコスタリカ行く前と同じ生活じゃない? 新たに加わったことといえば、仕事の傍らでスペイン語翻訳の勉強をどうにかこうにか、続けていることぐらいだ。

そう、コスタリカに行ったからといって、憧れの中南米を旅したからといって、人生が劇的に変わるわけじゃない。日々の24時間は、相変わらず平等に過ぎてゆく。

何かが変わるようで、何も変わらない。

ふふ、でもいーじゃん。やりたい事がひとつ、できたんだから。何も変わらないように見えて、今までにはなかった「何か」は自分の人生に確実に加わっている。

私の中には、あのラテン日和の記憶が確実にある。そして今まで未知のものだった翻訳という世界を、少ぉしずつ齧りつつある。コスタリカに永住するでもなく、南米でラテン男と激しい恋に落ちて結婚するでもない、非ドラマチックな結末だけれど、私の中には静かに何かが加わっている。

それでいいんじゃん?

東京に戻って、この感覚をフッと実感した時はなんだか新鮮だった。1年前、コスタリカ行きを決めた私に対して、何人かの友人は「すごい勇気だ、行動力だ」と言ってくれたけれど、その「すごいこと」だって、裏を返せば延々と続く日々のひとコマに過ぎないなのかもしれない。日本からは未知の世界に見えるコスタリカで、フツーの日々が営まれているように。

あ~あ~、川の流れのようにぃ~♪ と美空ひばりを歌いたくなってしまうような最終回ですが、結局もう一度最後に言いたいのはこれなんです。

大丈夫、そんなの誰にでもできるから。


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コスタリカを去る当日、家の前でステイ先の家族と記念撮影。パパ&ママ、その娘に息子に孫に、左端は一緒にステイしていたドイツ人男子



! Que tenga buen viaje !(ケ・テンガ・ブエン・ビアへ!)】「よい旅を!」
このフレーズ、どんな言語であってもいいですよね。大好きです。



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タナカ マリ


編集者&ライター。広告やWebコンテンツ制作の世界で、企画・編集・執筆等の仕事を続けて早8年。30代に突入したわりにはあり余る体力を、趣味のバイク、ランニング、サルサダンスで燃焼中。2008年、仕事を一時中断してスペイン語を学ぶため中米コスタリカに約半年滞在。「人生やったもん勝ち」を代々の家訓として掲げることを目論む今日この頃。
COLUMN:思い立ったら、ラテン日和

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