コラム

女社長漂流記

100万貸して!?内金を集めろ!? こたえは1つ、YESマン!【女社長漂流記 vol.05】

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ただのデザイナーだったコヤナギユウが新会社法を使って社長になり、新事業を立ち上げた。 成功者ともキャリアウーマンともほど遠く、社会の荒波を漂流し続ける女社長・実録コラム。

05_01.jpg2007年当時のワタクシ。メガネ以外の何かも積み上がっていたご様子。

時は少し遡り、2007年4月。あれは、会社を興したばかりの頃。友人からの援助金(借金)300万円を有効活用するべく、以前からやりたかった自分のファッションブランドで、初の合同展示会に参加した時だった。「古い恩人」と久しぶりにお会いすることになった。

そう、今回は例の100万円の話。


シンデレラストーリーは突然に!?

21才の時、一度イラストレーターとしてデビューしていたことがある。

05_02.jpg1999年に発行したイラスト集。当時のペンネームが「ユウコヤナギ」だったので「給食のオバサン縲怐vの関連図書で出てこない。

デビューのきっかけを作ったは自分でかもしれないけれど、転機を与えてくれた人との出会いっていうのは欠かせない。「古い恩人」も当時お世話になった人だった。

路上でイラストを売って、初のメッセージブック「and you.」を出版することが出来たのにも関わらず、本の営業やプロモーションなど一切せず、すぐに渡米してしまった私。観光ビザめいっぱい使って帰国した3ヶ月後、全く知らないおじさんが私の著書と同じ名前の会社を作って待っていた。

「こんなシンデレラストーリー、信じられる?」 ......なんて具合に現実は進まなくて、ふたを開けてみればそのおじさん(M社長)はイラストレーターのマネジメントは生まれて初めて。月15万円の契約金はもらえるものの、個人的なイラストレーターとして活動は制限され、仕事もないまま時間だけが過ぎる毎日。

それでなくとも私は、心配性が高じて行動を起こして来たような質なので、仕事がないってことは金銭的と言うよりも精神的にかなり堪えていた。
そんな時、「マネジャー」として入って来たのがTさんだった。

父親ほど年のはなれたTさんは、M社長に負けず劣らずうさんくささ抜群だったけど、具体的にいろいろ動き回っていってくれていることがよく分かった。

今までどんな仕事をして来た人なのか、何度聞いても理解できなかったけれど、実績として話せるような仕事を決めて来てくれたのはTさんだ。いくら事務所に所属しているからって、仕事がなければ名ばかりのイラストレーターだと伏せていた私には、Tさんが馴れない中、仕事を決めて来てくれたのは本当に嬉しくて、恩人のように思っている。同じ頃、ちょうど実父が他界した事もあったせいか、父親替わりのような存在でもあった。

結局、マネジメント会社は私がM社長と大げんかしてしまい、3年で辞めた。それを機にイラストレーターからデザイナーへ転職。それでも、Tさんからは年に1度くらい電話が来て、近況を報告していた。

05_03.jpg2007年PAPATTOブランド立ち上げ時の撮影の様子。

だから、Tさんは私がなぜ会社を興すことになったのか知っていた。


「2週間! 100万円貸してもらえませんか」


初の展示会の最中、申し訳なさそうな声で電話がかかって来た。

「娘くらい若いユウちゃんに、こんなこと頼むなんてホントに情けないんだけどさ......」

確か展示会2日目だった。ラフォーレ原宿よりも新宿よりで、いわゆる「裏原宿」と呼ばれていた一帯にある当時BEAMSだったビルの1FのカフェでTさんと久しぶりにお会いした。

いつも、誰かと誰かを紹介したり、仲介したりするマージンで商売しているらしかったTさんが、その時手がけているのは「エコロジー」だった。

バイオエネルギーを効率的に生む機械を開発している研究者が、開発資金に困っている、との話だった。公的(あるいは大企業だったかもしれない)の融資の可能性もあるのだが、そのためにはある程度の資本金を持った法人を作らねばならない。今はその「見せ金」を集めているらしい。

「本当に申し訳ない。2週間! 100万円貸してもらえませんか」

すっぱり諦めるのも不義理?


時は戻って2009年の6月。
2枚の書類をピラピラやって、私は頭を悩ませていた。

ひとつは物件の詳細。お店お出すために融資をもらうなら物件の確定が条件。あとから知ったけど、保証金は融資の対象外らしい。保証金、いや少なくとも手付金は自分でなんとかしないとならない。

そしてもう一枚はずいぶん古い日付けの借用書。

うん、出来ることはやらなくちゃ。
携帯電話のメモリーを検索しTさんに連絡する。

「ゴメンっ、ユウちゃん。本当に申し訳ない。あと一週間待って」

なんでも、あの時貸した「見せ金」は研究者の人が個人的に使い込んでしまったそうだ。今は、弁護士を立ててお金を取り返している最中だと。

Tさんに話によると、「あと一週間」待つと簡易裁判だかなんだかの結果が出てお金が返ってくるとか来ないとか。ああ、バカ言え。そんなこんなで2年経過してるじゃないか。全くあてには出来ないけれど、何より、恩人であるTさんを疑ったり諦めたりしたくなかった。自分のお金じゃないから諦めるわけにもいかないんだけど。

"YESマン"は息切れ気味!?


もはや事の真偽には興味がなかったが、2年のうちに私にも大金のあてはもうTさんに貸した100万円しかなかった。
そもそも、その100万円だって友人から借りたお金なのだから、私のものではないんだけど。
だからこそ、もう良いよって諦めたりしないで、しつこく連絡し続けるのが「出来ること」だと考えていた。

とはいえもちろん頼りにもならないので、広告デザイナーとしての仕事をガンガンやって、売上を立てるより他に出来ることがない。せめて、物件を押さえるための「内金」だけでも用意せねば!

血眼になって仕事してる気迫が、周りには頼もしく見えるのか、順調に広告デザインの仕事が入ってきた。
おまけに、友人からTシャツを作りたいって話が来たり、やったこともないけれど、大好きなアーティストのマネジメントの話なんかも!

05_04.jpgたぶん、完全にキャパ越えてたから"気持ちで負けちゃならねぇ"ってがんばってたんだと思う。

おおう! 気分はYESマン!
全部マルッと引き受けちゃうぜ!

でもあれ? ゼイゼイ、なんだか気が回っていないみたい?

そんなことに気がつくのは、全部空回りしてボロが出る、あと4ヶ月後のお話......って、結構すぐじゃないか!




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